無我の描いた曲線美を愛でる

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呼吸を整えて、目を閉じて、利き手と反対の手に持ったペンを、縦横無尽に走らせますね。

自分の中の、無我に近い領域で書くんです。

今日はこんな作品に仕上がりました。

 

僕はこれを「自動記法」と呼びます。

手にペンを持ったこと、ノートの枠の大きさ、これだけを事前に確認してから書き始めます。

あとはそれが曲線になるも、直線の組み合わせが多くなるも、わかりません。

「曲線を描こう!」「綺麗に描こう!」なんて意識や感情が入ったらそれは失敗なんです。

「ああ、これはよく見ると美しいなあ」なんて感想は描き終わってからのものです。

 

 

さて、僕はいつからこれをやり始めたか。

中学時代、友人の家で勉強していた時です。

勉強に飽きたので、何か適当に、ペンを走らせました。

(この時は無我だなんだ考えていません。)

そして出来上がった直線と曲線の組み合わせの中に、

 

・何か意味のアリそうな形

・これは漫画のキャラに使えそうだなという形

を探す遊びをしました。

 

当時のその友人からは理解されませんでしたが、僕はこれをとても面白いと感じたのです。

(しかし社会に対して常識的真面目人間であることこそが自分のアイデンティティだと考えていた過去の僕は、「こんなの訳わかんないよね笑」と虚しくムラに帰っていったのですね。)

 

 

今のところ、何か意味がある行為ではありません。

もしかしたら、当事者の自分自身も気づいていない何かがあるかもしれませんが、現在まで何も見えてません。

「この辺の曲線の重なりは綺麗かも」なんて思うだけ。

なんなんでしょうね、これ。