【翠凛堂】suirindo

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フェルメール展に学ぶ:絵を見ている時の自分の表情は強制されている

「手紙を書く女」 

 

【気付き】

彼女と一緒に、大阪で開催中のこの展覧会に出掛けてきた。

 フェルメール展:大阪市立美術館

vermeer.osaka.jp

 

 

そして、この「手紙を書く女」を見て、ふと思った。 

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wikipedia

この画面の、手紙を書いている女性の表情。

そしてこの絵を見ている僕の表情。

その表情は、強制され、作られている。

何に?

“自分という鑑賞者に対する、この女性の存在”に!!! 

 

【???】

さて何事かというと、つまり、画面と向き合っている僕の表情は、今まさに向き合っている絵の中の人物の表情ととっても密な繋がりがある。

 

・・・

つまり、あなたが鏡の前に立つ。

すると自分がいることを、自分が映っていることを知る。

あなたが口元に笑みを浮かべ、柔らかな、幸せそうな表情であれば、鏡の中のあなたも幸せそうだ。 

あなたが眉間にシワを寄せ、鼻の穴を大きく広げ、今にも罵詈雑言を浴びせかけるような表情であれば、当然、鏡の中のあなたもそうだ。

・・・

 

 

【つまり】

画面の中、絵に描かれた人物の表情は動かない。

固定されている。

幸せな人は、生涯ずっと幸せな表情でいる。

それはなぜ、どうしてか。

そう描かれたからだ。

・・・。(終わっちゃう)

 

その人物の視線の先にいるはずの人が、あるはずのモノが、そうさせているからに違いない。

だから彼女はとても穏やかな表情でこちらを見つめている。

 

そして今、その彼女の目の前にいるのは僕だ。

その僕は

 

 

“幸せそうな表情でいることを、絵の中の彼女に強いられている”

 

と言えやしないか。

(いやでも、もしかしたら、この彼女は不機嫌な顔をしている僕をたしなめてきているのかもしれないとも取れそうだけれど。)

 

 

怒った表情に、怒った表情。

穏やかな表情に、穏やかな表情。

これが自然で、自然で、何の苦労もない。

誰だってそうだ。

僕だってそうだ。

 

 

【もっと現実的な話をすると】

「いつも綺麗にご利用いただき、ありがとうございます^^」

こんな一文が書かれた貼紙は、スーパーやデパート、ビルのトイレや公園のゴミ箱辺りでよく見かけるが、これはけっこう効果があるらしい。

 

 

ヒトは、矛盾に耐えられない。

「おれはなあ、今まで一度だって綺麗に使った覚えなんかないんだよ、バカヤロー!」

と反発し、この矛盾に心が苦しめられる。

だから、この絶対的な”感謝”を心地よく受け入れるためには、否が応でも綺麗に使わなければならない羽目となるわけだ。

 

つまり、僕たちは絶対に綺麗に使うよう強制されているのだ。

よって、トイレもゴミ箱も清潔さが保たれるようになる。

 

 

【まとめ】

ちょっと前に、「怖い絵」なんてやってたけれど、この「手紙を書く女」のような、穏やかさを強制してくるような絵の方が100倍も怖いんじゃないか。

 

そう、彼女たちは強制してくる。

自分の心の穏やかさを保つために、こちらにも同様の表情を、心の落ち着きを求めてくる。

 

絵の持つ力、芸術家の力は偉大ですね。