【翠凛堂】エンジニアブログ

IT企画職文系人間がプログラミング能力を手にする軌跡を記録する。

みんなで唱えるおまじない“It's different this time”

みんなで唱えるおまじない

“It's different this time”  “今回は違うぜ!!”

 

仮想通貨に関して、去年の12月から1月にかけて

「これはとても危険すぎるバブルだ」

という評価がされる一方で、

「これはバブルではない。単純な需給の一致の結果だ。」とする主張があったり、

そもそもバブルとはどんなものか、その概念を共有したり検証する動きがあった。

 

そして、おそらく投資家の大半が

“It's different this time”

の姿勢だったように感じた。

 

 

今思い返すと、とんでもなく異常な空気が流れていた。

当時の日本における主要取引所は新規口座開設者を競って集めていた。

有名な芸能人を起用してテレビCMをバンバン打った。

結果、取引所はいずれも新規顧客の対応に追われ、スタッフを増員せざるを得なくなるほどの活況具合となった。

テレビのニュースやバラエティではいわゆる“億り人”のインタビューが紹介され、世の中の羨望の的となった。

 

 

「寝てるだけでお金が増える♫」

こんなパワーワードも生まれた。

コインチェックの取り扱い銘柄はどの通貨も軒並み価格が上がっていた。

それぞれの通貨の特徴や理念、将来性なんか関係なくって、何を買っても儲かった。

twitterでは、

「この相場で損してるアホなんているの?」

という投稿に多くの人が共感した。

 

 

こんな狂気の中に、去年の僕もいた。

結果的には、初めて主体的に関わったバブルとなった。

2000年代初めの“ドットコムバブル”を経験していたら、もしかしたら今回の仮想通貨バブルをうまく波乗りできていたのかもしれない。

 

僕は、かつてのバブルを知識としてしか知っちゃいなかった。

他の多くの人と同じように、仮想通貨の盛り上がりとこれまでのバブルの比較・検証は自分なりにやってみた。

環境、参加者、物の将来性、なんかの指標をそれぞれ取って注目した。

 

そうしてみたところで、当時の僕の意見は

“It's different this time”

だった。

 

要するに、主体的すぎた。

客観性を保とうとしていた、その保とうとしている自分の姿さえもこのバブルの渦巻きに飲み込まれいていた。

靴磨きの少年は市場に参加していたし、イノベーター理論で言うところの“キャズム”はとっくに越えて市場は潤いに満ちていた。

 

 

そして今、仮想通貨と呼ばれるもののほとんどは大きく値下がりし、参加者の多くがすでに興味を示さないものとなっている。

そんな中、僕は未だにコインを持っているし、投資を続けている。

 

 

その理由は、一つ。

今後生活の中で必要となることが明らかだからだ。

仮想通貨は、現在の基軸通貨(円、ドル、ユーロなど)よりも多くの付加価値を持つことができる。

 

今後ますます、人間の生活はインターネットと親しくなっていく。

これと比例して重要視されていく要素の一つに、“信用”がある。

この信用を担保するための道具にブロックチェーンがあり、仮想通貨はここに乗っかっている。

 

仮想通貨は、世界中で信頼されるお金になりうる。

そして、現金よりも有用な道具になりうる。

ただ、みんなが安心して使えるようにするには現在のボラティリティ(価格差)の大きさはなんとかしなければならない。

(少なくとも、今の円、ドルなんかの為替相場と同じくらいに)

 

お金は、将来もっと自由になる。

もっと工夫された道具になる。

その将来を見るからこそ、投資し続けたいと思う。

 

 

バブルは確かにあったし、バブルは弾けた。

“It's different this time”のおまじないも破れた。

けれど、弾けたバブルから抜きん出てくる誰かがいる。

歴史サイクルが同じようなシナリオ通り進むなら、今回もまた誰かがのし上がってくる。

そこに期待して投資していくと同時に、今度は僕もプレイヤーとして乗っかっていきたいと思う。