windy:コーヒーは意思を持っている

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windyの伊藤マスターが淹れてくれるコーヒーは美味しく、まるでビターチョコレートを溶かしたかのような味わいにフルーツの酸味が心地よく走り、程よい苦味と掛け合わさって、爽快で気持ちの良い風が、口の中を吹き抜けていく。

 

昨日また久々に顔を出したところ、

「そろそろまた来るかなー、会いたいなあ、と思ってたんです。」とマスター。

なんでも、僕が去年書いた記事を読み返していたところだったようで、そうしたら僕がやってきたのだと。

 

www.tobiagattasakana.work

( ↑マスターにも気に入っていただいている記事はこちら。

「僕の考えをまとめてくれています。」と好評をいただきました。)

 

 

「不思議やねえ、これもだから、コーヒーの取り持ってくれる縁なんですよねぇ」

僕も不思議だと思った。

というのも、僕は昨日10時過ぎにお店に入ったけれど、この時点で知り合いとの約束に遅刻していたし、まあ今日はコンビニのコーヒーでも飲んでおこうかなと考えていたからだ。

それにも関わらず、なぜだかどうしてだかわからないままに、

「うん、windyの美味しいコーヒーを飲みに行こう。

今日の予定はそれからだ。」

なんて思って出掛けたのだから、これはマスターの仰るようにコーヒーが取り持ってくれる不思議な不思議な縁の力に他ならない。

 

 

「美味しいコーヒーなんて、蕎麦なんて、世の中にはいくらでもある。

自分のとこ以上に美味しいものだって、いくらでもある。

けれど、その中でも自分は喫茶店をやってコーヒーを出している。

自分になにができるのか考えると、“本当に”美味しいコーヒーを出すこと。

コーヒーに徹し、本物を出すこと。これに尽きる。

そうして、お客さんに喜んでもらうことがなにより嬉しい。」

マスターは僕の隣の席に腰掛け、しんしんと語ってくれた。

 

 

マスターの哲学については、このブログの過去記事でも多く書き留めている。

その目的は、windyの価値を伝えること。

 

喫茶店の多い京都には他にも有名店が両手の指の数くらいはある。

その多くが人通りの賑やかな場所にあるのに対し、windyはその点において有利とは言えない立地だ。

 

だから、1人でも多くのコーヒーファンに、マスターの想いとコーヒーの魅力が伝わればいいと、2017年に見習いをしていた当時、自分の頭の中にある知識と言葉を継ぎ接ぎながらも縫い合わせて、文章にし、発信した。

 

 

そうしてできた一連の記事を、マスター自身が心から喜んでくれている。

(マスターは表面的なお世辞を言わない。)

僕の書いた文章で、恩返しができている。

記事を読んで来てくれたお客さんもいるという。

 

このブログもムダじゃなく、役に立っている。

とても嬉しく感じた。