意味のないものを、AIは作れない。

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AIの勉強をしていますとね、こんなん作っていいのだろうか・・・

と思うことがありますね。

 

なぜかというと、何でもかんでもAIに任せるまたはやらせていたら、当然にして人間の能力は下がっていきますね。

AIでなくとも、冷凍食品なんかもそうで、自分であれこれ考えなくともレンジで温めれば済んでしまいますね。

そこに当人の料理スキルなんて不要であり、ただただレンジの使い方さえ知っていればいいのです。

生活が便利になっていくその一方で、われわれの生存スキルは劣化してきている。

 

 

 

ここで本題。

AIは客観的合理性の求められる分野で利用されていますね。

自動運転車、株式取引、製造業の工場内異常検知、議事録作成、音声認識、などなど。

自動で、人間の手を入れずとも、ある一定レベル以上の答えを出すことを求められている。

つまり、“正解のある分野”での活躍が目立つわけです。

 

例えば、「目の前に人がいたら止まりなさい」とのルールがあったとき。
・目の前が横断歩道で、かつ歩道が青信号である。
・走行中、人が飛び出してきた。
このとき、自動運転車は画像解析の結果停車します。
あらかじめ与えられた指示と、リアルタイムで得られたデータが一致したからです。
人間も、機械も、客観的に見て「この判断は正しい」と評価します。 

 

もうこの分野において、人間が機械に勝つような余地はとても少ない。

 

 

では、その反対の分野である“正解のない分野”はどうなっているか。

これこそ、人間にしかできないものでしょう。

正解のない、あるいは意味のないものをAIは作れないし判断できないのです。

なぜなら、それに点数を、お値段をつけられないから。

 

 

意味のないものは、人間であってもなかなか作りにくい。

散々、画一的な合理的な社会で揉まれ、価値観フレームの固定された中で生きてきた人間には、意味のないものを作るということに対して抗しがたい違和感を持ってしまうからです。

 

AIにできることは、過去の何個ものデータを集めて、

「こんな傾向があるから、テイストを真似てみろよ。きっとウケるぜ」

こんなことを言うに過ぎません。

あ、AIがそう言うなら〜、なんてこれこそ人間の思考停止状態で、生活も文化も何もかも、全くアップデートされない世の中になりますね。

どんな時代にも共通する普遍的なものはある、これを理解しつつもなお新しいものを作り、また同時に古いものを拡張させていく。

生み出す努力をしていかなければ進化は終わるのです。

 

 

だから僕は、AIを学びながらも彼に対抗するため、“意味のない”文章を書きます。

彼と同じフィールドで戦うことは無謀ですが、だからといって最初から負けを認めて主従を逆転させられてしまうのは悲しいことです。

 

 

意味のないものを、意味のないものこそ、人間が作りましょう。

誰でも作れるものではありませんが、誰にも胸の内に多様な文化を抱えています。

その文化の融合体に価値があるのです。

というのも、それこそが自分自身であり、唯一無二の作品だから。

これを自分の得意な形で上手に伝えることができる人。

こんな人をアーティストと呼ぶのです。

 

みんなで、アーティストになりましょう。