“なんとなく“は諸刃の剣

何でそう思ったのかね。

いやー、なんとなくこれかなーと思って~。

 

 

“なんとなく“というのは、諸刃の剣のよう。

その人の見てきた、学んできた、触れてきたもの。

センス、能力の土台の高さ、人間性。

もろもろが一挙に露わになる。

氷山の頂点から海の底まで、その人を織り成して構成しているものが現れてくる。

丸裸になる。

 

論理的な説明をしたならば、いろいろな根拠から生まれたデータが、自分の意見を客観的に補強してくれる。

だから、他人を納得させるにはこちらの方が都合の良いということはよくある。

けれども、これは時間がかかるし、数字の上で裏付けされたデータが次の世代に役立つとは限らない。

さらにこれは人間なんかより、AIに任せるべき仕事となりつつある。

 

だから、人間はもっともっと“なんとなく“で勝負していくべき。

そしてそのために、自分の中に流れ融和するデータは常に更新して、一流のものにするべきだし、他人の良いところをどんどん吸収していくべきなのだ。

 

そうして初めて、“なんとなく“が“これがいい“になり、

根拠は??

と聞かれても、

これがいいと思ったから、そうなのだ。

と言えるようになる。

 

無論、ハズれたら目も当てられない。

だから諸刃の剣であり、だからこそ鍛えるべきなのだ。

 

“なんとなく“は罪深いよ。