狂え。アホはシャットアウトだ。

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26歳。

これまで、自分の感情を剥き出しにして、誰かと本気で向き合ったことがあるだろうかと思うと、そんな覚えはほとんどない。

 

誰かと何を言い争うにしても、その後の自分の立場を考えての行動だった。

好きな奴とのケンカも、嫌いな奴とのケンカも、好きな女の子への告白も、ぜんぶぜんぶぜんぶ。

“何かが壊れるにしても、これくらいの枠内で収めよう”

というものが、当然のように出てきた。

 

できることなら嫌われたくない。

死にたくない。

1人になりたくない。

友達が欲しい。

真面目な優等生としてのポジションを保持したい。

 

こんなイメージから離れることはできなかったから、中途半端な八方美人なようなものになった。

 

 

だけど、もう、こんなクソくだらない生き方は止めようと思った。

感情をこれまでとは比較できないほどに解放しよう。

アホな奴とは付き合わない。

グチグチネチネチ、誰かの、会社の愚痴を言ってるような奴なんかくたばっちまえ。

直接ぶつける勇気がないまま、“優しい誰か”にコソコソチクチクやってるような奴ら。

会社にもいる。どこにでもいる。

そんなのは踏んづけて、おれはその上から新しい清々しい空気を食べる。

 

いい。もういい。

茹でガエルのような人たち。

気づけば、いつの間にか、もう終わっている人たち。

必要ない。

明日を見る人たちと一緒に進んでいく。

 

“何かしたくても、できない人たちもいるんだよ。

そういう人たちのことも考えてよ”

→お前が考えろ。

 

結局、価値観だったり考え方のレベル感の違いは表面的にも、はっきりと出てくるわけで。

自分と同じレベルの人、それ以上の人を集めて、一緒にいた方が走る速度はグンと上がって、やれることも多くなる。

付いてこれない人たち?、努力すればいいでしょう、付いてこれるように、付いてきたいのなら。

後ろを振り返りながら、様子を見てあげることが優しさ?美徳?、“後ろ”が極端に増えてきてるなかで、いつまでそれするの?

 

24時間テレビなんかを見て、“感動した〜”とか、“〇〇くんかっこいい〜”なんて感想を持つ人とは、5分と話は持たない。

いいじゃないか、いいじゃないか、搾取される対象として一生懸命に生きれば。

 

テクノロジーは格差社会をこれまで以上に決定づける。拡大させる。

おれは、そんなビジネスの一端を担っている。

その警鐘は、どこにいても、はっきりと聞こえてくる。

聞く耳を持つ人には。

 

 

最近、毎日酒を呷る。

ぐいぐい。ぐいぐい。

健康に悪い?長生きできない??

上等だ、だらだらと長生きなんてするよりも、今を良く生きていたい。

今を本気で生きていたい。

 

酒を飲めば、心が解放される。

タバコを吸えば、頭が冴えた気持ちになる。

結果、地に足のついた今を生きることが可能になる。

これが人生だろう、違うのか。

 

周りの価値判断基準に合わせて、予定調和の世界に生きて、大きな波乱もなく終わる。

こんなつまらないことあるかよ。

だからおれはツアーの旅行なんか大嫌いなんだ。

他人に先導されて、安全な囲いの中で過ごす旅の何が面白い!?

アホが多いとビジネスはバカ儲けできるのか。

 

・・・

狂えばいい。

狂うしかない。

狂うのだ。

狂いの渦の中に、本物の煌めきを持った人生がある。

それを信じている。