伝統と誇りー終わりゆくものと向き合う

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ある喫茶店が、ひっそりと危機を迎えている。

そんな中、アルバイト学生Aさんの言葉。

「私はこのお店が好きです。

そして、ここで働いている、働けているということに誇りを持っています。」

美しいと思った。

店に向けられたその真っ直ぐな言葉は、とても強く美しかった。

 

もう1人、この店を愛している女性Bさんを知っている。

今はもうずいぶん離れた地元へ帰ってしまっているが、その女性の店への想いも強く暖かなハートがあった。

 

そして僕自身もまた、この店が好きだ。

2年前にこの店に足を踏み入れた時。

僕はこの店で働くことを決めた。

探し物が見つかった時のような、あのピンとくる感じ。

 

“ああ、そういえばここに置いておいたんだったっけ!”

“そうそう、これこれ”

 

あるいはボヤけたカメラのピントが合って、レンズの先に映る世界がはっきりと可視化された時のような。

 

東京で働いていた頃、休暇でたまたまやってきた店だったが、この出会いが大きく人生を変えてしまった。

このひと月後、僕は京都に越して、この店で働き始めた。

先述の2人もまた、同じような出会いの思い出があると話してくれた。

そして僕を含めた3人はこの店に魅了され、愛し、誇りを持って働いたのだった。

 

ところが、今となっては。

僕は店のオーナーと大ゲンカの末に退職。

その後Bさんも訳あって退職し、同じ気持ちを共有する仲間は現在Aさんのみ。

さらに、店は経営の危機を迎えている。

 

そんな折、オーナーから連絡が来た。

「店が大変だ。お前の力が必要だ。何とか助けてくれないか。」と。

正直、虫が良すぎると感じた。

ふざけるな、と。

だから、最初は突き放そうかとも考えた。

“長い伝統の終わりゆく姿”というものを間近で観察するのもまた、良い勉強になるだろうと。

 

けれど、けれども。

僕は最初から最後まで一貫して店を愛していた。

そして今でもその気持ちは変わらずにある。

この店を潰していいわけがない。

店にはまだ、Aさんがいてくれている。

店を大切に思う同士がいる。

ならば、自分のできる範囲で力を貸すべきなのではないか。

今ではそう考えている。

 

ただし。条件付きで、だ。

お金じゃない。

僕とオーナーとの大ゲンカの最大の要因となったものがある。

僕を含め、従業員みなが受け入れられないものがある。

この要因を解決できないうちは、この店に将来はない。

僕の手伝いだって、1ヶ月もしないうちにまた終わるに違いない。

 

 

店から離れてまもなく1年になる僕が、またオーナーと戦うのか?

戦うべきは本当に自分なのか?

もしそうなら、なぜ自分なのか?

わからない。

わからないけれども、それが自分の使命ならば妥協も忖度もなしだ。

徹底的に戦う。

恨みっこなしだ。

それでいい。

 

メメントモリ