京都ウィンディコーヒー:尊厳と謙虚の交差点コーヒー

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天気予報では雨だったはずの、雲の多い晴れ空。

約2か月ぶりにウィンディへの階段を上った。

 

久々に飲んだ一杯は、美味しかった。

コーヒー豆の状態や気温、湿度など、常に条件の異なる難しさにあって、マスターの定めるハイレベルの美味しさのラインを守り続ける。

懐かしさというか、親しみというか、基本のベースが整う中でその上に新しさが感じられる。

 

今日も色々と発見があった。

前回と比べて香りがはっきりと際立ち、またライトな味わいがさらなる上品さを醸し出していた。

こう変化されましたかと尋ねると、「そうなんです。」とマスター。

実はあれこれで・・・と。

ああ。マスターは研究心を燃やし続けておられる。

 

 

今はAIの勉強もしていて、先進技術はなるほどすごいものがあるが、マスターのコーヒーはとても機械に再現できるとは思えない。

 

一杯のコーヒーには尊厳がある。

これまで40年間、本物を追求してきた、研究してきたという積み重ねとその誇り。

謙虚がある。

「もっともっと美味しくなると思う、まだまだ。」

と、日々研究されている。

 

そして、その交差がある。

その交差が、

“品が良く物静かであるけれども秘めた情熱が響く”

コーヒーとなった、そんな風に私は一杯のコーヒーを味わった。

 

コーヒーは媒介に過ぎないようであっても、媒介にすぎないものがこれほどすばらしいのである。

そしていま僕は、そのコーヒーが繋いでくれた縁から広がった円に助けられている。

ウィンディのコーヒー、本物が繋いでくれた縁をこれからも信じたい。