文学×酒 恍惚を呼び起こす影

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小林秀雄は酒飲みだった。

酔っぱらって、一升瓶を持ちながら電車の線路に落ちたなんて話もあるくらいに酒に呑まれることもあった。

当人の記憶はあやふやらしいが、覚めた頭でそれを思ったところで酒をやめない。

常人に非ざる性質が垣間見える。

 

酒と文学はある人たちにとっては切っても切り離せない関係にある。

小林秀雄

梶井基次郎

太宰治

ひとまず酒を飲もう。

酒の上で語ろう。こうなる。

 

酒の上で、というのは普段の自分が持つフィルターから外れてあたかも別の人間の感覚や認識で世界を見ることを期待していると思う。

酒の勢いに任せて、なんて表現はまさにそんなところで酒というものはものすごく強い力を持つ。

 

 

 

 私も酒を飲む。

日常的に毎日飲む。わけではないけれども、大型連休のようなときには不思議と酒の方から寄ってくるようで、連日酒を飲むことになる。

避けようとも縁があるから、気が付くと目の前に酒がある。

そうして飲んでいるうちに、鴨川で月を眺めている時に取りつかれるような夢想に抱き込まれ、日常の自分は遠く向こうに鎮座している。

私を放ってじっと物静かに座っている。

物を言わずにこちらを見ている。

ということになる。

 

この別離から生まれる浮遊感の内には、なまあたたかい微風が通る。

それがやはりなんとも心地よく、精神はすなおに脈を打ち、いくらでもモノを生み出せそうな気がしてくる。

とは思うものの、一方で眠気を患っている。これが憎い。

向かうべき机に向かわず、打つべきキーボードを打たず、ペンと紙をも放り投げる!!

どうでもいい!!

 

透明な冷たい水を、火照りを冷ます涼しい初夏の風を求めて、鴨川へ出かける。

本を枕にして寝る。

この愚行。この幸福。

恍惚に浸る時間は、軽やかに、自然に過ぎていく。止まらない。

文学少年×酒の生んだ仄かな影は、連休後の社会に復帰する実体へと融けて、ハッと日常へ戻る。

 

 

文学×酒の影は、私にはこんな作用をもたらす。

ずっと背負いこんで歩いている。

こんな邪魔者は、遠くへ投げてしまえば、もっと快活に生きられるのかもしれないけれども、きっとそうじゃない。

人工と自然がちょうど良いバランスで噛み合って、だから中毒になって身体を支配されているのではなくて、自分でもある程度の支配権は握っているのだから、このやっかいな甘美を楽しめばいい。

 

ああ文学!!

ああ酒!!! 

 あああ!!!

というところ。