心で会話する

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今日は、けっこう話した。

午後のシンポジウム終了後、喫茶店で感想を話し合う。

これからどうしていこうか、その意気込みを語り方法を探った。

理解力のある上司(今のところ信じている)だから、何を話してもいい。

とことん、ぶっつけていく。

投げる。投げる。言葉をぶん投げる。

気に入らなければ、倍の力で投げ返してくる。

私はそれを避けない。自ら当たりに行く。

そうして、くねくねと道を進んでいけばいいと考えている。

それでいいと思っている。(今のところ)

 

 

自分でももちろん考える。

読書して、新聞を読んで、ツイッターを見て色々と吸収する。

そこで練ったものを「これでどうだ!」と試験するのがこの上司だと思っている。

この半月のお付き合いのなかで、それをして良い人なんだろうということは掴めた。

「好きなように自分を解放して、伸び伸びやって欲しい」

という言葉に裏はないようだ、というのが今日までの探りでわかってきた。

だから、これからは本性を出してとことんぶん投げる。

テニスの壁当てくらいの感覚で。

 

そうして無心で話をしていると、そうだからこそ見えてくるものがある。

逆に言えば、そうしないと決して見えてこないものがある。

線の細く、そして光の弱いそれを捕まえるのがわれわれのお仕事。

 

 

夜は同僚と3人で飲んだ。

会社周りでは誰がいるかわからないから一駅離れた場所のイタリアン。

ここでも、よくしゃべった。

飲みに行く、ということは自分のコンテンツを提供するというわけでありまして、一緒に過ごす人が何かを持ち帰ってくれたらいいなといつも思う。

 

そうかといって気張るわけでもないけれど、その場に合わせてあれこれ好き放題話すようにしている。

すると、次第に興が乗って来る。

何も考えなくともすらすら言葉が飛び出る。

笑う。

酒が進む。

笑う。

これがいい。

 

 

会社の愚痴なんか話すのはみっともないからイヤだ。

そんなやつは外にポケモンGOしに行け、そして戻ってきたらその感想を話せ!

愚痴よりは数倍面白いはず。きっと。

 

 

 

心が通じて、心同士が会話を始めれば、もう会話のネタ探しなんか必要ないと思っている。

勝手に面白くなる。

逆にこれがないとつまらない。

普通の、普通の飲み会でお開きとなる。

 

時間は有限。

打算で飲みに行くわけではないが、面白くなる見込みがなければ家で映画でも見た方がよほど生産的だろう、というのが今の私の考え方。

 

今日は、良かった。とても。

コネクションを増設した心は、きっと明日の糧となるでしょう。