翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

いつの間にか雑記ブログ((´∀`))

良いものとそうでないもの 選択のジレンマ

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藤三です。

企業人改めになりましてひと月を迎えようとしております。

今日は、昨日まであれこれ抱えていた問題について書いていきます。

 

 

夕方に、美容室へ行きました。

実は昨日に引き続いてです。

なぜなら、髪形がでこぼこしていて全く納得行かなかったから。

家から徒歩30秒という理由から数か月通っていたところでしたが、そこはもう行く気になりません。

そして今日お世話になった河原町のある美容室も、2度と行きません。

不潔だからです。

汚い。汚い。汚い。

あらゆるところにゴミが溜まっている。

鏡の隅っこなんか、その極み。見てられません。そういう細かいところ。

そしてそして。トイレ。

「本店は3年くらいトイレ掃除していません。」

と言われても納得してしまうような汚さ。

おまけに、壁には

「ここで喫煙したら罰金1億円」

なんて張り紙がありました。

ここは小学校かよ( ^ω^)・・・

 

 

細かいところまで気配りするのはプロの美容師として当然だと思っていましたが、それは思い込みに過ぎませんでした。

そして、安かろう悪かろうの原則だけが生きていた。

3000円でまともに散髪しようとしたら痛い目に会いますね。反省です。

 

 

しかししかし。

そんな美容室で大きな再発見をしました。

ある雑誌からです。

牛肉のシルエットがあり、その中にラインが引いてあります。

そうです、牛肉の部位についての説明です。

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牛肉の15部位・内蔵12部位別特徴と料理方法 - 肉のヒガシハラ

 

ああ!これだ!!

と脳内に衝撃。

今思い詰めている問題はこれが解いてくれました。

 

 

私が普段食べている牛肉。

種類がいろいろありますよね。

ロース、バラ、カルビ、リブ、ランプ、ヒレ、サーロイン・・・

個人的な好みはリブです。

ガブリと、かじりつきたくなりますよね。

ああ、食べたくなってきてしまう(';')

ただ。

恥ずかしながら、私はこれらがいったい牛のどの辺りの肉であるのかについてちゃんとした知識がありません。

 味は分かります。多少。どこがどんな味で、どんな調理をして食べるものなのか。

 

けれど、そんなこと知らなくたっていいでしょう??

何度か食べていれば舌が味を覚えているし、部位の名前だけ覚えていればいいじゃないですか。

 

・・・

 

はい。これなんです。今日お話したいことは。

牛肉の部位についての知識なんかなくたって、美味しく食べることはできますよね。

とりあえず肉のイメージさえあれば、注文もできますよね。

牛肉を食べることに関して、特に差し支えありせんよね!?!?

 

 

そうですよ。

そうなんですよ。

 

 

 

昨日のそば会でも話題に上りましたが、野菜にしたってそうです。

スーパーでキャベツを買います。

400円のものと、100円のものとがありました。

400円のものは国産かつ無農薬です。

100円のものは中国産かつ農薬は当然です。

さて、どちらを買うでしょうか??

 

 

昨日の意見では、100円キャベツを選択してしまうというものが圧倒的多数でしたね。

なぜか。

身体のことを考えれば、400円のキャベツの方が確実に良いことは分かる。

とはいっても、手が伸びてしまうのは100円のキャベツ。

その理由は様々。色々あるでしょう。

将来の健康は、今日のその色々に勝てないのです。

健康は日々の300円の差を埋めることはできないのです。

「タダでもらえる」ということであれば、それはもちろん400円のキャベツが足早になくなるのでしょう。

しかし。

今の日本では、100円キャベツが勝つのです。

それが現実です。

 

 

 

これは本や新聞でも同じことが起きています。

だからみんな本を読まないんですよ。

新聞なんてなおさら読まないんですよ。

そんなことしなくても、生きていけるんですから。

であれば、自分から進んでお金を出して買うなんてことはバカバカしく思えてきますよね。

 

 

ただ、普段読まない人も、

「読んだ方がいいのだろう」

くらいの認識はあります。

これはけっこう多数派です。

ところが、実際に読書している人は少数派ですよね。

なぜなら、いま目の前の楽しみあるいは休息に流れるからです。

読書を通して得られるものはきっとたくさんあるだろう。

それは分かっているつもりだ。けど、今日はパス。

こうなります。

 

 

 

このキャベツと本。

共通している主軸はこれだと考えます。

 

 

「将来」の幸せ(健康や知識、成功)よりも「今」のつじつま合わせの日常を生きている。

 

 

安全なキャベツだって、本や新聞だって、今日の一日の命を繋いでいくのには必要なさそうです。

高いし、面倒だし、他にしたいことはたくさんあるし。

 

けれども、これが積もり積もった先の将来においてはどうでしょうか。

「今」のつじつま合わせは、キャベツや本に留まりません。

こうした選択は、私たちの生活の中に無数に存在します。

その選択の中に自分の価値観が埋め込まれていなければ、その人はつじつま合わせの連鎖を生きることとなるのでしょう。

 

 

しかし、「今」の目の前を凝視している視点を移動して、鳥になった気持ちで自分の選択の道を俯瞰してみたらどうなるでしょうか。

負の連鎖になっていて、下降一直線になってはいないでしょうか。

と思ってしまいます。

 

 

良いものを、安全な食料を手に入れるためには、

知識・お金・人脈(情報)

が必要不可欠です。

テクノロジーが進化して生活が便利になった反面、私たち自身を支える身体は危険にさらされています。

スーパーで安く手に入るものの大半は、多くの添加物が配合されて初めて世に出られるような、そんな食べ物ばかりだそうです。

これはスーパーに限らず、コンビニやファミレス、カフェチェーンにも共通して言えますね。

 

 

 

 

本や新聞も、読まずとも生きていくことはできるかもしれません。

しかし、ニュースアプリやテレビで受け取ることのできる情報はかなり表面的であり、これも危険が伴うことを忘れてはなりません。

テレビ局は平気で情報操作します。

それを疑えるか、疑えないか。

独立して自主性を持って生きようとする個人にとって、見抜く力を養うことは必要ではないですか?

それに、読まなくとも生きていられるのは日本社会全体がそうなってきたからです。

そういうぬるいコミュニティとして劣化してきているからです。

 

 

読まずとも何ら違和感のない、むしろそれが当然の世界観である人にとってはこれからの時代は相当生きにくくなってくると思っています。

「読む」コミュニティから、断絶されてしまうときがきっとやって来ます。

「読む人」は、その人たちで共通して持っている色々な前提を土台として話を展開させていく中にあって、その土台を持たない「読まない人」はコミュニケーションがとれないからです。

 

 

 

 

では、どうすればこのジレンマを解消することができるのでしょうか。

自分にとって悪いことだろうとは思うけれど、ついついしてしまう行動を。

昨日、漬物屋さんもおっしゃっていましたが、これはもう世の中の仕組みをがらっと変えないと、また意識改革しないと変えられないのではないかと考えています。

 

 

 

私はこの仕組みについて、今かなり興味があります。

「仕方ない」として、その時代の人々共通の当たり前として認知されていたことが次から次へとテクノロジーによって解決されていっています。

そして現代の私たちの「当たり前」はテクノロジーの進化によって非常に速いスピードで更新されています。

 

野菜に関して言えば、AIとドローンを組み合わせた遠隔農作業技術が開発されているので、国産の安心できる野菜を低価格で手に入れられる未来は近いかもしれません。

そうなれば当然、安全安心の野菜を食べるということが改めて当たり前になり、食生活が豊かなものになっていくのでしょう。

 

 

 

私が個人的な仕事として着目しているのは、本とテクノロジーの関係です。

いくら電子書籍化されようと、読まない人は読みません。

しかし、本はやはり知識の宝庫です。

日本には優れた古典や文学作品がいくつもあります。

私たちの文化が持つこの財産は、これからの良き未来を創造していくためにも有効に活用されるべきなのです。

そうでなければ、その財産は継承されなくなってやがて埋もれてしまうでしょう。

いまはその方法を模索しています。

 

 

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