翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

いつの間にか雑記ブログ((´∀`))

ターナー展 風景の詩

今日ようやく、確定申告がまとまりました。

ふう。

京都に越してきたときからお世話になっている京都太陽合同事務所の先生にお願いしたところ、とても丁寧な、満足度の高い仕事をしていただきました。

 

そして、ようやく落ち着きを取り戻した心をターナー展に向かわせました。

こちらの事務所から徒歩5分の、京都文化博物館にて開催中です。

 

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ターナー 風景の詩(うた) | 京都府京都文化博物館

 

 

 2月には上野でブリューゲル展に行きましたので、そちらと相対的に比較をしてみようと考えて見て回りました。

 

すると、2人の画家の作品から見えてきたものとして

 

ブリューゲル

人や自然に対する一貫したテーマ

愛、生きる喜び

 

モチーフ配分比率

人:自然=60:40

 

 

ターナー

人や自然に対する一貫したテーマ

崇高さ、尊厳

 

モチーフ配分比率

人:自然=20:80

 

 

分析したところ、このように感じました。(まったくの私見です。)

 

 

ターナーの作品にも、ブリューゲルが描いたような牧歌的な農民の姿を取り入れたものはあります。

そして、その人々へ向けられた目には温かみを感じられるところでしたが、しかしターナーの限りある時間は彼らよりも海や山へ、自然へと注がれていたようです。

 

 

というのも、彼の描く人物は表情がどこか平均的に見えるし、そのモチーフのサイズは小さかった。

自然の唯一無二性や偉大さ、崇高さを強調したいがために、そこにそうした人物を意図的に置いた。

というような印象も抱きました。

 

 

ターナーの生きた当時の漁師や船乗りに、ターナーの描く海景画を見た人はいないのではないかと思います。

あれほどまでの凄まじさ、厳しさを湛えた荒れ狂う波を見てしまえば、海で生計を立てようとはとても考えられない(笑)

 

 

ターナーは銅版画においても数多くの優れた作品を遺しましたが、銅を扱う職人に対して彼は物凄く厳しかったようです。

自分の求める作品の完成を求めて、時には大喧嘩をすることもあったそう。

そんな人柄や姿勢が芸術に昇華された形が、彼の描く海となり山ともなったのかもしれません。

 

 

 

これは好みの話ですが、私はブリューゲルよりもターナーの方がしっくりきました。

色々、学ぶことがありますね:-P

 

どちらの展覧会もまだまだ開催中ですので、ぜひご鑑賞ください~。