windyで静かに過ごす土曜日の朝

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windy-ウィンディ-

京都東山区 

最寄りは京阪清水五条駅

ここのところは週一での訪問になってしまっていますが、通っております。

 

マスターとのお話は、いつも心地よく、そして学びの種をくれる。

と同時に、ある物事についてこう考えているのだけれど、と問いかけると、

 

それはこういうことでは??

とまた少し角度の異なる見方を提供してくれたり、

 

そう、そうなんです!

と、共感してくれたりする。

 

 

私は、マスターと比べてまだまだ人間としての経験が浅い。

だから本から、微々たる経験から読み取った事柄をマスターに投げかけ、それが実際のところどんなものであるのか、また自分の考えていることが何を言い当てていて、何を見ていないか、などを教えてもらっている。

 

一方、マスターは私があちこちで見たり聞いたり本で読んだりしたことを話してもらうことが好きだ、と言ってくれる。

 

このとき、コーヒーはマスターの上質で、本質的なものでさえただの媒介に過ぎないのだそう。(マスター談)

 

 

コーヒー豆は、生きているナマモノ。

だから、時期によっては、そして場合によっては常に同じものを提供するというわけにはいかなくなる。

 

しかし、コーヒー豆が違えど、提供される一杯にはいつだってマスターの哲学が貫かれている。

だから、そのコーヒーはいつだって本質的で品性が感じられるのだ。

 

 

そんなコーヒーがいただける喫茶店に、徒歩1分で行けることのありがたさ。

これも、今日マスターがお話してくれた「運」なのだろう。