"ゆらゆら"と"オール・オア・ナッシング"

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むかしむかし、”ゆらゆら帝国”というバンドがありました。

高校時代に知りました。

どんなバンドだったのか?

それは知りません。

 

 

ただ、名前が良かった、気に入った名前だったので覚えています。

なんだか、私の求める世界がそれな気がしてしまうのです。

 

 

”ゆらゆら”×”帝国”

とても、アンバランスな感じ。

ゆらゆらのアンニュイな雰囲気と、ピリっと締まりのある帝国の、その感覚の不調和感。

なんなんですかね。

バニラアイスにほんの少しだけ塩をまぶす。

すると味が引き締まるし、一層甘みが引き立つような感覚なのか。わかりません。

けれど、私はきっとそんな感覚の世界に生きたいと思っている。のかもしれない。

 

 

 

しかしその一方で、”オール・オア・ナッシング”のこの明確な世界観も好き。

あるのか、ないのか。

生きるのか、死ぬのか。

あるならあるで、全部欲しい。

ないならないで、全くいらない。

名誉・女・金は男が求めるものとしてよく引き合いに出される。

 

 

あるならあるで、全部欲しい。

ないならないで、全部なくなれ。

中途半端なものはいらない。。。

と感じる方の私は、”ゆらゆら帝国”とは相容れない。

 

 

今日、大阪で人に会って話をしてきました。

今後何をしていくかということについて聞いてもらったところ、改めて自分のことを振り返ることができたのですが。

 

 

ひとつ確信を得たことは、バチバチと刺激を与えあうような環境にもう一度自分を放ったほうがいい。ということでした。

それがなくなった時期はさていつからだったか、振り返ると、自分を厳しい目で考えてみるとそれは大学卒業以降。

つまり、警察官になってからです。

 

 

いま思えば、その頃からずいぶんのんびりと暮らしてきた。

のんびり、というのは積極的な自己研鑽をしなくなってしまった、という意味です。

その絶対的な必要性がググっと下がってしまった。

こうした状況に慣れてきてしまった自分と、またバチバチやりたい自分とが今せめぎ合っています。

 

 

きっと怠惰は私の本性です。

そして私はフリーランスとして働くことにはどうやら向いていないようだ。

というのも最近分かってきました。

 

 

仕事はある。来る。

けれど、しない。やりたくない。

自分の書きたいテーマがあまり回ってこないから。

このキーワードを入れて、ああしてこうして、という指示が面倒だから。

たまに書く。すると、私を評価してくれる。それは嬉しい。けれど。

 

極めつけは、別に書かなくたって、それはそれでいいから。

自分が名乗りをあげなかったりお断りすれば、すんなりと仕事は去っていく。

 

 

のんびりした性格であるがために、ぬるま湯に浸かり切ってだらけている、このままではいけない、まずい、と感じています。

自己把握能力はあると思ってます。

しかし、自己管理能力が圧倒的に欠けている。

(ああでも、のんびりしたい自分にのんびりさせてやっているという意味では、自己管理能力もあると言えるのか・・・もしれない( ^ω^)  )

 

 

とにかく、私は独りで籠っていてはいけない人間だということが分かりました。

 

ツイッターを見て、投資の勉強をして、トレードをして、コーヒーを点てて、鴨川を散歩して一日を終える。

これはこれでいい、とは思います。

むしろこういう生活に憧れていました。

 

 

しかし、過去の自分の成長スピードと現在とを比較すると自分で自分が情けなく感じてしまう。

そうして自己否定が始まり、何をしているんだろうと懐疑的になる。

 

こうしたのんびりした生活を手に入れるのはもっと先でもいいのかなと考え始めました。

今はまだ、それを正当化して、評価できるような状況でない。自分でない。

 

 

ゆらゆら帝国

今でもそのバンド名だけが心から離れずに残っています。

 

一度”ゆらゆら”は取り除いて、”帝国”的支配下の中に自分を再度放り込みます。