翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

ウィンディで音楽を楽しむ:music in "windy coffee shop"

自家焙煎珈琲店 Windy-ウィンディ
 
京都は東山区にあります。

最寄り駅は京阪線の清水五条駅。

知る人ぞ知る、京都の名店です。

 

今日は夕方に、久々に一人で訪問。

 

f:id:touzou:20180116184522j:plain

京都 ウィンディ - Google 検索

 

年末にマスター焙煎の豆をいただき、自宅で点てて楽しんでいるものの。

やはりこの豆の味を引き出せるのはマスターしかおられますまい。

美味しいコーヒーを飲むには、お店でマスターと語らいながらが一番なのです。

それが喫茶店に求める在り方でもある。

 

 

私の好きなコーヒーは、この味なんだな。

と、安心する。

私のこれからのコーヒーの原点でもあり目標でもあるコーヒー。

口内を幸せが満たす。

 

 

今日は、お店にあるオーディオ(石臼職人さんが作られたスグレモノ)でクラシックをかけてみた。

持ってきたCDは、ちょうど目に付いたもの。

 

 

チャイコフスキー交響曲第6番 悲愴

NHK交響楽団 マルケヴィッチ

 

 

少し大きめの音量で鑑賞。

とても、素晴らしい音。

繊細で柔らかいタッチから、全楽器が鳴らす迫力のあるフォルテまで。

無理なく伸びのある音で表現している。

普段はこれでジャズを鳴らしているウィンディだが、オーケストラもばっちりいけた。

 

 

自宅ではBOSE sound touchに繋げて聴いている。

これはこれで十分良いが、しかし負けるなあ。

 

 と言いつつ。

名曲喫茶でない喫茶店で、チャイ6悲愴をかけるのはなんだかあんまりだと思うから、次回はもっと”らしい”曲を持って行く。

 

 

んん、何にしよう。

エレーヌ・グリモー "WATER"

にしよう。ただ好きなだけ。

特に ドビュッシー "水の戯れ"

きっと、このピアノ曲集も感動的に聴かせてくれるのでしょう。

楽しみ。

 

 

本質的な美味しさを追求した、本当に美味しいコーヒーとともに。

同じように本質的な音と表現を追求したようなグリモーの音楽を鑑賞することは。

感動的な時間になるに違いない。うん。そうだ。

 

 

 

 話は変わって。

こちら。

マスターのアメーバブログ。

 

ameblo.jp

 

タイトル:おさらい

 

引用のようであるが、マスター自身のコーヒー観がこれでもかと伝わってくる。

しかしここまで信念を持って自分の道を行くということはとても厳しい。

 

本当の味がわからない人に限って強引に自己を主張する。「嗜好は、人それぞれのものである」と反論し、「嗜好に個人差はつきものだ」と譲らない。しかも「これが私の好み」と最後の切り札を出す。
しかし、次のことを忘れてはならない。
ある人はAのコーヒーを、別の人はBのコーヒーを支持したとする。当然そのように好みが異なることもあろう。だが、それはあくまでAとBが、性格は異なっても共に水準以上の場合に限る。それでもなお、二者択一の必要に迫られれば、たいていの場合優劣がつくものである。

ブログより一部引用

 

分からない人。分かっていない人。

自分で考えない人。考えられない人。

弱い人。弱くあろうとする人。

 

 

こうした人は、必ずといっていいほど

一般論あるいは法律、規則

を持ち出してくる。

 

つまり、大勢の声をもってして自論を勢いづけようとする。

というのはつまり、それくらいしか自論の根拠がないということですね。

 

えっだって、みんな言ってるじゃん。

法律で決まってるよ。

 

こんなにも寂しいことはないでしょう。

 私ね、京都の河原町でデモを見て。

ポンポコリンと太鼓を鳴らして歩いている人を見ると心が寂しくなります。

 

 

「嗜好は、人それぞれのものである」と反論し、「嗜好に個人差はつきものだ」と譲らない。

これなんてまさにその代表例。

 

 

うんうん、そうね、そんなの当たり前ね。みんな理解しているよ。

あなたと私は違うね。

で、それでなに??_(:3」∠)_

と言いたい(意地悪よのう)

 

 

マスターは「味の個性喪失の時代」において「よいコーヒー」を教えてくださっている。

だから私はそのお礼として。

"WATER"

を持って行こう。