翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

直感を信じぬいてみる:理性さんはお静かに願います

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直感とヤマ勘はよく混同されるが、これはかなり異なるようだ。

 

といっても、私はヤマ勘をあまりよく知らない。

「そんなのヤマ勘だよ」なんて誰かが言う言葉は聞いたことあるけれど、ヤマ勘って何だ。

直感で言い当てようとしたものが外れた時、それを「ヤマ勘だった」と言うのだろうか。

直感は優れたものであるには違いないが、命中率100%の占い師ではない。

 

 

 

直感についてはよくわかる。

だいたいの人の言うところ「勘」というのは、このことを言うものだろうとずっと思ってきたけれど、どうなのだろう。

 

小林秀雄は、「勘は知力である」と残した。

勘、すなわち直感とは、その閃きを得る過程で無数の情報や経験が元手に仕込まれていないと出てこない性質のものだ。

このことから、勘を「突然訳の分からないことを言い出した」というものとはっきりと区別している。

 

 

しかし、直感を感じたままに信じぬくことはかなり苦しい。

その直感は、正しい。この道は間違いない。

と自分が信じようとしても、そんなこと周囲にはわかりっこないのだから理解を得るにはかなりの苦労をしなければならない。

 

 

 

 

私は、たいした音楽経験のないなかで大学時代にバイオリンを始めた。

これは、直感によるものだった。

ろくに音符を読めないしクラシック音楽をまともに聞いたことのない状態の私に、直感がそう命じた。

そしてそれに従った私だった。

 

 

とんでもない苦労をした。

なんにも、わからないのに、のこのこ始めてしまった。

周囲はもちろん経験者ばかり。

同じ初心者の人でもピアノは経験している。

比べて、私には何もない。

「なぜ始めたのか」と人から聞かれて、答える根拠はすべて後付け。

長い長い道のりだった。

 

 

こうしたことを経て今日に至るが、この決断はどうだったかというと、これはかなり良かった。

たくさんの苦労はあったが、直感は私を導いてくれた。

私が知らずに生きてきてしまった、私の好む世界へ導いてくれたのだった。

 

 

こうしたことを振り返ってみると、分かることがある。

直感を得た時。そう感じた時。

その時には、理性には黙っていてもらう。ということ。

長いお休みを与えてしまう。

 

直感が目を覚まそうともぞもぞしている時に、理性ほど鬱陶しいものはないからだ。

直感に理性が追いついてしまうと、それはゲームオーバーになる可能性が高い。

閃きの瞬間の力関係は、理性がジャイアンで直感がのび太だ。

 

後に貸してもらえることになるドラえもんの道具はのび太の力を飛躍させることになるのだが、何もなければ圧倒的にジャイアンのほうが強い。

 

 

 

直感を得て、それに力添えするような後付けは全くないわけではない。

どんな場合にも、それなりにあると思う。

 

 

けれど、それを上回ってくる理性や常識に勝てるかどうか。

ここが分かれ道となる。

いや、やはり勝てはしない。

だから、勝負しない。

 

 

直感は瞬間的に降りてくるものだが、それが正しかったと証明されるには時間がかかる。

なかなか結果の出ない日が続く。

 

そんなときに、すでにある大きな勢力と争ってもしょうがない。

負けの確定する勝負はお断りしておくこと。

 

いずれ勝てる。

直感を信じぬいて努力をすれば、報われる日が来る。

 

これが、直感であると考えます。