翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

肉体と心:ロケットと宇宙

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自分の肉体と、その自分の心との距離は

地球に存在する人間と宇宙との距離ほど離れているかもしれない。

 

その心への到達手段になるものが、芸術、スポーツ、仕事であるのかもしれない。

自分が本気で打ち込める活動を通して、自分自身を知る。

自分にどんな表現ができるのか、どんなことが好きで喜びを感じることができるのか。

 

であるならば、これらの活動はロケットであると言える。

 

宇宙にはまだまだ無限大のロマンと怖さが満ち満ちているように、自分自身の中だってそうである。同じである。

「自分の心によく聞いてごらん。」

と言われても、そんなことどうやったらできるのか。

 

医師になって自分の腹の中を覗き込めばそれが視覚的に分かるのか。

決してそんなことはない。

腹の中には内臓がある。

生命を動かす器官がある。ただそれだけじゃないか。

 

自分自身というのは、常に自分と共に行動している。

なんだか言い方がおかしい気もするけれど、そうなのだ。

自分が歩いても、電車に乗っても付いてきてしまう。

 

                             

「影をなくした男」

という本をご存知でしょうか。

大金と引き換えに、自分の影を謎の男に売ってしまった男の話です。

この主人公のようでなければ、余程のことがない限り自分と自分は切り離すことができません。(何を言っているのでしょうか笑)

 

影をなくした男 (岩波文庫) [ アーデルベルト・フォン・シャミッソー ]

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感想(2件)

 

 

しかし、しかし。

そんなにも身近な、一体化している我々自身のことを知らないのはまた我々自身であるということ。

これは一体なんなのでしょう。

 

ひと昔前、5,6年前の私が大学生だったころ。

「自分探し」

という言葉が流行っていました。

あちこちで聞こえました。

 

 

みんな、自分探しのために海外旅行に行ったようです。

自分と異なる文化圏で暮らす人と出会うことで、自分が大切にしている価値観が浮き彫りになってくるんじゃないかと期待を込めて。

(私も行きました(';'))

 

で、自分は探せたのかというとそれはまた別の話ですかね。

 

                          

最近、この「自分探し」という言葉がやけに聞こえなくなりました。

いや、確かに今は大学生ではありませんが。

その頃は本屋でもネットでも「自分探し」がもてはやされていたのですが、今じゃすっかり見かけない。

 

みんな「自分探し」は終わったのでしょうか。

どうなんでしょう。

 

 

自分探しにはきっと終わりはありません。

いつもいつも自分を探しているのです。

自分はどこにいるのだろう。

ヒントは、日々の活動のなかに隠されているはずです。

 

 

自分自身とは、自分のことでありながらもよくわからない。

はっきりと、明瞭なものとして見えてこない。

 

 

だから、この自分自身を宇宙に。

自分自身を探すカギとなり、到達手段となる活動をロケットに。

 

例えてみたわけですが。

 

                               

いま、ホリエモンも積極的に宇宙への、ロケットへの投資活動を行っているようです。

比喩ではなく、ストレートな意味のロケットです(笑)

 

人類が宇宙を知ろうとすること。

フロンティアを開拓しようとすること。

 

大きな夢がありますよね。

 

自分自身もまた、そうだと考えます。

何がロケットになり、宇宙になるか、それは人それぞれでありましょうが、宇宙のフロンティアを開拓した喜びは今後の自分を大きく変えるかもしれません。

 

私の場合のロケットは、最近ではコーヒーでした。

コーヒーにのめりこむことによって、また新た分野における可能性が見えてきた。

その先のブラックホールに飲み込まれなければいいのですが(笑)

 

岡本太郎のように全身全霊を絵画にぶつけた人は、私たちの銀河系よりもずっと遠くの方まで行ってしまったのかもしれません。

でないと、あんな絵は描ききれないよなあと、ふと考えます。

 

うんうん。

ロケットマンです。