翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

京都ウィンディコーヒー見習い15日目:[リヒト珈琲]襟立さんの教えから

自家焙煎珈琲店 Windy-ウィンディ

 

京都は東山区にあります。

最寄り駅は京阪線の清水五条駅。

知る人ぞ知る、京都の名店です。

 

                       

 

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私がウィンディのマスターのもとで見習いを始めてから間もない時でしたが、タイトルの

[リヒト珈琲] 店主 襟立稔規さん *札幌市にあったが、現在は閉店

がコーヒーについて持論を展開された記事を読ませていただきました。

 

ウィンディマスターの哲学と共通するものが多々ありますので、今回はこちらをご紹介します。

 

 

・良質なコーヒーとは何か

 

香り、味、風味など、良くなければならないのは、当然ですが、一番大切なのは

”舌ばなれ”

だと思っています。

 

 これは、マスターもよくおっしゃられることです。

さて、この舌ばなれとは具体的にはどんなことを指すのでしょうか。

 

それは、そのコーヒーの味がどんな特徴を(苦み、酸味)持つものであれ、喉を通り過ぎたらあっという間に消えてしまって、口の中に、舌の中に残らない味のことを指します。

 

つまり、しつこくない。

味の滞在時間が極端に短い。

しかし、またその味を楽しみたくなるから、すぐに次の一口が口へ注ぎ込まれる。

 

さらに言うならば、ここに何かを”考える”時間や作業はないほうが望ましい。

 

良い味は、知的でノーブル

 

良い味というものは、大変に静かです。
多くを語らず、知的で、ノーブルです。

ウィンディのコーヒーを一度でも召し上がった経験のある方には、ピンとくる表現なのではないでしょうか?

 

一口飲んだ印象。

とても静かに。

すーーっと、水のように澄んだコーヒーが流れてくる。

あたかも、このコーヒー=私の身体を巡る血液であるかのように、自然と一体化するような調子で調和するのです。

 

 

体内に変なものが(質の悪い食べ物、毒その他)が入ってきたら、身体はどのように反応するでしょうか。

感情面では、嫌な気持ちになるでしょう。

健康面では、気分が悪くなったり体調を崩すことがあるでしょう。

 

しかし、上記のようなコーヒーはどうでしょう。

何もしません。何も起こりません。

それは、調和するからです。

一体化するからです。

 

自分にぴったりフィットする枕やベッドで寝ると、とても気持ちがいい。

そして、翌日にはすっきり身体が回復している。

 

 

こんなコーヒーなのです。

 

中庸のコーヒー 

 

中庸のコーヒーは、かたよりのない味です。
それゆえに、静かで、優しいのです。
その為、泥臭く、にぶい舌の持主には、もの足りなく感じてしまうのです。

 

こちらも、マスターとかなり共通する意見です。

 

静かで、優しく、まったりとまろやかなコーヒー。

これは、決して”つまらない”ものではありません。

いやむしろここにこそ、本当のうねりがあるのではないかと思います。

これまで飲んできたコーヒーとは、訳が違うぞ。

 

きっと、一つの大きなターニングポイントがここにあります。

 

コーヒーの入り口は今ではとても広く開かれていて、いつでもどこでも様々な種類のコーヒーが楽しめる時代になりました。

 

けれど、それらを統合して突き詰めていくと、きっと 2人のコーヒーマスターの指し示す頂点の味になるのでしょう。

 

 

まとめ

 

マスターが誰か他の人のコーヒーに対する考え方や哲学を紹介してくださることは、あまりありません。

その中でこの襟立さんの哲学は、マスターとの共通項の多さに驚かされました。

 

東京の南千住にあります、「バッハ」のマスターも”美味しいコーヒー”について定義されていますが、こちらはまた機会があればご紹介します。