翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

シェイクスピア:時の古いペン

時の古いペン
シェイクスピア ソネット19番
 
 
貪欲な「時」よ ライオンの爪を磨りへらすがいい
大地には    おのれの麗しい子供を食わせるがいい
獰猛な虎からは 顎の鋭い牙を抜き取るがいい
長命の不死鳥は 生きたまま焼き殺すがいい
駆けながら            季節を楽しくも悲しくもつくるがいい
足早の「時」よ          この広い世界やその色あせる美には
好きほうだい手をつけるがいい   だが ただ一つ
あの忌むべき罪を犯してはならない ああ
愛する者の美しい顔に  お前の時間を刻んでくれるな
お前の古いペンで    そこに線を書きつけないでほしい
あれは後の世の美の規範 お前が駆け抜ける時にも
この者だけは      どうか目こぼしにしてほしい
だが老いた時よ     極悪の罪を犯すなら それでもいい
愛する者は       わが詩の中で永遠に若く生き続ける
シェイクスピア詩集
関口 篤訳編
思潮社
p16より引用

 

 
私はどういうわけか、大学時代にシェイクスピアに憧れていました。
大学生協の書店で戯曲や詩集を買い集めるうちに、授業にも出たくなった私はシェイクスピアの四大悲劇である
『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』
を授業で学びました。
 
そんななかで出会ったのが冒頭の「時の古いペン」
シェイクスピアの生きた16世紀から5世紀を経た今でも不変の真理(老いは必ずやってくる)を、こうも巧みに表現する手法に大学生の私は驚きました。
 
「愛する者は わが詩の中で永遠に若く生き続ける」
時には、勝てない。
時が進むということ、それが一方通行のもので逆行はしない、過去には戻らないし止まりもしない。
これは真理であって、どうこうすることはできない。不可能である。
 
   
 
 
 
 
しかし、私にはペンがある。そのペンで文字を書くことができる。
私が連ねた文字は文章になり、愛する者の美しさを後世に伝える記録となる。
その「記録」という点において、私は時にも勝つことができるのだ
絶対の力を持つ「時」であろうとも、「時」を保存することはできないだろう。
私にはそれができる。できるのだ。
 
 
こうした力強い宣戦布告をしたシェイクスピアは実際にどうなっているか。
時代が証明しています。
何世紀も後に生まれた私が、このように彼の残した作品を読み、味わい、楽しんでいる。
 
シェイクスピアは、自らが勝負を挑んだ「時」に勝利しました。
そしてこの勝利は、きっとこれからも受け継がれて行くのでしょう。
 
シェイクスピアの作品は不変です。
不変でありながら、どの時代にも共通する価値を持つ素晴らしき古典です。
それを、私は大学で学びました。
こうした学びを与えてくれるというところに、大学の価値はあるのだと思います。