翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

これからのコーヒー:京都ウィンディマスターとのお話から考える

ウィスキーの、竹鶴正孝 マッサン

日本がアメリカの模造ウィスキーを作っている時代に疑問を感じ、

本当に美味しいウィスキーを

という志でスコットランドに留学

苦心の末日本ウィスキー文化の底上げをした立役者である。

 

これをコーヒーに、そして京都ウィンディのマスターに置き換えてみると、どうなるのか

 

日本がどこやらの模造コーヒーを作っている時代に疑問を感じ、

本当に美味しいコーヒーを

という志でコーヒーの焙煎を始め、コーヒーのみのお店を経営

苦心の末日本ドリップコーヒー文化の底上げをした立役者である

 

 

ああ、なるほど

こんなにもぴったり当てはまってしまうものなんだなあ

 

ただ、コーヒーはすでにあちらこちらに焙煎所があり喫茶店があって、もうすでにこの文化が頭打ちになってしまっているようなそんな感じを受けてしまう

 

けれども、自家焙煎をしているからそれすなわち美味しいコーヒーである

なあんてことは決してないわけです

 

と、言う私もほんの少し前まではそうした考えのもと喫茶店巡りをしていたのですが、なんか違うよなあという落ち着かなさを同時に感じてもいました

それもそのはず

 

いくら自家焙煎をしようとも、その主人が美味しいコーヒーを知らなければそれまでの話ということなんですよね 詰まるところ

 

コーヒーにも、生ビールと発泡酒のようなものがあるってことですね

 当人が意図してやっているかどうかはわかりませんが、同じような材料を使い、手順を踏んでもその行きつく味には大きな隔たりがあると。

 

 

きっとそうなんでしょうと思います。

そしてさらに残念なことには、自家焙煎をしている自分というものに酔ってしまっている人もいるということですよね。

 

京都の自家焙煎の店を紹介している本はけっこうたくさんあるもので、京都に来た頃は

何の情報も持っていませんでしたから、とりあえずそれらの本をもとに飲み歩きました。

 

 

「ここの店は自家焙煎で・・・」と紹介されているところも数多くありますが、さて、そのお味はというと豆を他から買っているお店と大差ないんですよね。

 

 

ここで、お手本が必要となるわけです。

日本に良い手本がなかったマッサンはスコットランドに行きました。

私はいろいろと数奇な運命を辿りウィンディに行きました。

 

 

良いものを作るためには、その模範となるものが必要です。

 

 

コーヒーが広く社会に浸透し、味が頭打ちになっている今、ウィンディのマスターが目指したような本当に美味しいコーヒーが望まれる世界がやってくるのではないだろうかと、思っています。

 

 

なんだかまとまりのない感じですが、これからのコーヒーの展望として

 

浸透の段階は終わりました。

 

次は、上昇です。

 

美味しいコーヒーを楽しみましょう。