翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

京都 哲学の道を行く:カモと私

哲学の道:西田幾多郎の思考の跡を辿り、たい

京都 銀閣寺すぐから南へと続いていく「哲学の道」
かつて、西田幾多郎がものを考えながら歩いたという。
そんな哲学的由緒ある道を歩いてきた。
 
 
京都は紅葉がまだ始まっていないが、それなりの秋らしさを楽しんだ。
そして肝心な考え事はといえば・・・
 
 
パッとした閃きのようなものは思いつかずに終わった。
 
 

カモを眺める

ただ、一つ面白い発見をすることができた。
哲学の道に沿って水路がある。
これは名を「京都疎水」といって、明治時代に作られた人工の水路らしい。
そこに、カモが5羽ほど縦に列を作って泳いでいた。南の方へ。
 

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列を作って泳いでいくカモ 
 
 
いったいどこを目指しているのだろうか。
この群れは家族なのか。
先頭を行くカモが他のカモよりも一回り大きい親のように、そして間に挟まれているカモが子供のように見えた。
 
 
この子供は、偉い。
列を乱すことなく、ただただ前に倣って泳いでいた。
水がとてもきれいで澄んでいてかつ浅い水路だから、足を一生懸命に動かして泳いでいるのがはっきりと見えた。
そこには余裕な表情からは伺い知れない水面下の努力があった。
 
 
 

カモへの疑問

カモの群れの泳ぎはとても遅かったが、私はしばらく並行して歩いてみた。
すると、ある地点で急に転回をしたではないか。
「何かあったのか??」
周辺を探ってみても何もない。
何もない水路を延々と泳いできた彼らは、何もないところで突然引き返し始めたのである。
 
 
 
これには少し考えてしまった。
どうした、何があったのだ。
君の頭の中を少し見せてくれないか。
こんなとき、動物と話せたらどんなに楽しいかと思う。
 
 
 
 
食べ物を探しに出かけた一行だったが、何も食べ物が見つけられなかったために引き返したのではないか。
それくらいしか考え付かなかった。
たまたま、手元にパンを持っていたからそれを少しだけちぎって投げてみた。
すると、食べる食べる。
パクパクつばんでいる。 
 

 

私は何をしている

 
?????
 
 
こんなことをしても、彼らが食べ物を探していたのかどうかなんて分かるわけがないよな。
目の前に美味しそうな食べ物があれば食いついてしまうのは人間も一緒だ。
それを見たところで、何の解決にも繋がらない。
 
 
 
私はただただ自分の食料をカモに分け与えただけの人間だった。
そしてカモはサヨナラも言わずに銀閣寺の方へ帰っていく・・・。
 北へ、北へ。
 
 
カモが私にくれた教訓とは
???
何もない
カモを観察したところで何もない!
 
というのが彼らの教えてくれたことなのかもしれない。
 
 
私はカモを追わずに先へ進んだ。
すると、西田幾多郎が詠んだ歌が刻まれた石碑を発見した。
 
 
「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」
 
 
 
私もこのように、どっしりと構えて自分の道を行きたい。
カモだってそう。
カモはカモの道を行くなり。