翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

オリンピア:次元を超える絵画

 

絵画と現実界の人間 異次元コミュニケーション

後ろ姿の人物を描いた絵

絵に対して正対している人間の意識は絵の中に向く

次元としては相対している我々の関係が、後ろ姿の人物を通して私たちはその垣根を乗り越える

つまり、絵の中にいる この人は何を眺め、何を思い、どんな顔をしているのか

三次元の世界に属した設定

絵画空間と現実空間が連続したものとなる

次元の差 過去と未来 死者と生者

 

エドゥアール・マネ オランピア

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この絵からは、奥行きや質感の表現から得られる立体成はさほど読み取ることができない。
胸や上半身を支えているクッションには多少膨らみが認められるが、太ももや花束などがあまりにも平面的に、二次元的に描かれている。
したがって一見したところ、ここに次元の差はないように思える。
 
しかし、この絵について調べると、まず「オランピア」というタイトルは娼婦の総称であり、またメイドである黒人が手にしている花束は客から送られたものであるということがわかる。
娼婦に花束を贈るのはパリの男性の常であった。
 
ここまで絵の背景を共有した上で、この作品の次元の連続性について考えてみたい。
画面の外を見つめる娼婦、そして画面右端に描かれた黒猫の見つめる先には、当然帰って行く客の男の姿があるはずであるが、その姿は 描かれていない。
それもそのはず、彼女たちの見つめる視線の先にいるのは他でもない我々なのだ。
 
三次元に生きて絵を鑑賞している私たちであり、イコール客の男性という構図が生まれる 。
さらに、この2つのモチーフは三次元に生きる私たちをとても冷ややかな表情で見つめてくる。
客の男に対する軽蔑した眼差しなのだろうか。
見ていると、どこか情けない、惨めにな気持ちにさせられ、あたかも自分が花束を手渡した後に画面からそそくさと帰ってきたような気さえ起こさせる。
 
ここに、次元を超えた絵画の表現を捉えることができる