翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

シベリウス ヴァイオリン協奏曲:”冷たい炎の作曲家”

 

f:id:touzou:20171008115311j:plainシベリウス

 

シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン)

ジェイムズ・レヴァイン(指揮)

ベルリンフィル

1986年6月ベルリン、イエスキリスト協会

 

名演である(と思われます)

 

「極寒の澄み切った北の空を、悠然と滑空する鷲のように」と指示されている第1楽章

見事にこの世界観を確立し、眼前に広がるイメージを共有しているように聴こえてくるでしょう。

 

しかし、この指示がされているということを取り払って新鮮な心で聴いてみるなら、私にはこのミンツの第1楽章は

「極寒の澄み切った北の大地を」

「白い息を吐きながら疾駆する馬のよう」

に聴こえてくるのです。

若くして事故で亡くなってしまったフランスの天才バイオリニスト、ジネット・ヌヴーの演奏はまさしく鷲の演奏であると感じるのですが、こちらのミンツの方は地に足をつけているような印象が強い。

 

 

ミンツの馬は、いったいどこを目指しているのでしょうか

そんなにも懸命に、息を切らして

 

キリキリと身を切られるような極寒

一筋の光すら差し込まない曇天

見渡す限りの平原 広大なフィンランドの大地

 

煮えたぎるような熱を放射する身体

ギラギラと、希望を追い求める瞳

大きくも小さな、しかし意味のある有限の肉体

 

馬でイメージすると、こんな対比の構図が浮かび上がりませんか

これがシベリウスのヴァイオリンコンチェルト シベコンなのでしょうか

 

 

いやこれは、やはりただ私が考えたに過ぎません

作曲したシベリウスは鷲だと言っているのだから本来は鷲であるのです きっと

 

 

しかしやはりここにも、小林秀雄の言う「微妙ということ」が現れます

音楽を聴き比べると、おんなじ譜面を演奏したものであっても、どうしたって微妙な差が生まれるものです

これを感じられるか、聴き分けることができるか、というのが一つの課題でありますが、それが可能になって聴いてみる音楽はそれぞれに全く異なる世界を見せてくれることになります。

 

 

ミンツの掛け声と鞭によって疾駆した馬は、第3楽章で暖かなフィナーレを迎えました。

さて、いったいどこに到達したのでしょうか。

それがどこであるかは、私にはわかりません。

けれど、この馬がまさに生死を左右されてしまう寒さの中、ほんのわずかに心に残った希望を信じて走り抜いたということ。

そしてその先に栄光を手にしたということ。

そんなストーリーは浮かんできます。

 

 

シベリウスのキャッチコピーとして、こんなものが浮かんできました。

「冷たい炎の作曲家」

 

これは、2014年に三菱一号館美術館にて開催された

「ヴァロットン展 冷たい炎の画家」

をもじったものですが、まさしくこんなイメージです。

 

フィンランドの気候の冷たさ

疾駆する馬の熱、その炎

 

その対比のコントラストが作品の魅力を無限に引き立てているのです。

 

フィンランドで乗馬する

いつかやってみたいものです