翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

シーソーのルール:心のバランスのとり方

 

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シーソー

シーソーとは、公園に設置してある遊具の一つのこと。

一枚の長い長方形の板のそのちょうど真ん中に、半円形の支点を置いて、左右のバランス移動を楽しむ。

左側が重くなれば右側が上がり、右側が重くなれば左側が上がる。

均衡を保つには、どちらも同じくらいの荷重である必要がある。

 

 

人の心のバランス

さて、人の心もまたこのシーソーのようなものであると考えた私である。

人間、どんなに素敵であれ魅力的な人であれバランスを欠いては心が不安定になる。

だから、誰だってどこかでシーソーの左右の調整を図らなければならない。

その方法が、気になった。

 

 

シーソーのバランスをとる

例えば、人前でそのバランス取りをだいたいすべてやっている人がいる。

 

一人の学生がいる。

大学での授業を真面目に受講し、勤勉だから成績優秀。

所属しているサークルにも熱心に取り組むから、ほかのメンバーからの評価が高い。

そしていつも笑顔でいて、優しい性格の持ち主。

 

しかし、そんな彼もサークル活動の打ち上げの飲み会では大いに騒ぐ。

普段の彼からはちょっと想像がつかないくらいの、アホなこともやってしまったり。

とはいうものの、彼への評価は下がるどころかこれまた上がるのだ。

 

 

なぜか。

そんな彼を見て、みんな安心するからだ。

ああ、彼もまた自分たちと同じ人間だ。人間っぽいな、と。

鬱憤を晴らすというわけでもないが、遊ぶときにとことん遊ぶ、バカだと思われるほどに自分を解放する。

彼は目に見える”バランス取り”をしていて、シーソーの均衡を保っている。

 

 

一方でそれが見えない人がいる。

女性に特に多いのかもしれないが、いる。

普段からみんなに愛想がよく、笑顔。

時には冗談も言うが、何を頼まれても嫌な顔一つせずにオーケー。

飲み会の場においても、自分でセーブしているのかどうか知らないが、乱れたり騒ぐ姿は一切見せない。

完璧な人、というのだろうか。こういう人もいる。

 

 

こういう人は完璧に見られる分、隙のない人とも思われる。

そしてそのイメージが彼女固有のものになるにつれて、次第に距離の遠い人のように思えてくる。

近づけない。

先ほどの例と比較するなら、こちらは「人間っぽくない」ということになるだろう。

 

 

だが、この彼女だって人間である。

その点で我々と変わりはない。

だから、シーソーを持つ。

そしてそのシーソーはできるだけバランスを保たれなければならない。(犯罪者の多くはその均衡が崩れた人だろう)

 

となると、気になるのは彼女はどこでバランスをとっているのかということだ。

洗練された自分が乗る左側の、その反対。

右側にはいったい何を乗せているのか。それが見えない。

 

 

もしかしたら、彼女の普段口にする冗談の一言一言は彼女にとっては特別な重さを持っていて、それゆえに他人の気が付かない、あるいは気にしようのないところでバランスを補えているのかもしれない。

けれど、それではいまいちピンとこない。

一人でのカラオケ、一人でのディズニーランド、あるいは・・・??

 

 

その人の個性や性格と照らして可能性を考えてみて、消去法で絞る。

カラオケ?いや、そんな柄じゃない。

ディズニーランド?いや、それでもない

 

わからない。

わからなくていいのだと思うが。

わからないというのが正しい答えか。

あっけらかんとしている人にも、きっと僅かながら誰にも言えないようなことはあるだろうし、全くわからない人はその割合が高いということ。

 

 

ただ一つ言えることは、誰にでもシーソーはあるということ。

そしてそのバランスが崩れて、世間向けの自分がもう一方の重さに負けて飛んでいってしまった時には何かが起こる。

絶対に何かが起こってしまう。 

 

他人には見えないシーソーを、見せるか 隠すか

隠した影の中で大事に育てながらも、時には小出しにしてしまうのが理想なのかもしれない。