翠凜堂[suirindou]コーヒーサロン

コーヒーとともに生き始めた人生。興味の膨れるところを、どんどん発信します!!

1.暗黒時代

これから引用する文章は、すべて

 

新潮文庫

人間の建設

小林秀雄・岡潔 著

 

からのものです。

よって、ページの指定もこの本を参照してください。

 

岡潔

「世界の知力が低下すると暗黒時代になる。暗黒時代になると、物のほんとうのよさがわからなくなる。真善美を問題にしようとしてもできないから、すぐ実社会と結びつけて考える。それしかできないから、それをするようになる。それが功利主義だと思います。」p33

 

物のほんとうのよさがわからない。

これは、とある喫茶店のマスターとの会話でも度々でてくるものだ。

いまは、何だってコンビニで揃ってしまう。

和菓子だって、パンだって、コーヒーだって、パスタやハムも。

そしてこれらは、それなりにおいしい。

不味くて捨ててしまうようなものは一つもないと言っていいかもしれない。

 

だが、これらはあくまでも代用品に過ぎないじゃないか。

たとえば、いま22時だとする。

こんな時間になってパン屋は営業していない。

しかしなんだかパンが食べたい気分である。

そうだ、コンビニなら売っている。

コンビニは24時間営業で何でも揃っている。便利な世の中だ。

と、彼は普通なら手に入らないパンをコンビニで購入することができた。

これが良識あるコンビニの利用の仕方ではなかろうか。

 

とはいえ、彼は日常的にパンをパン屋で買うような人間なのだろうか。

いつだってコンビニのパンで満足しているのではないか。

まあ、それはわからないが、コンビニの商品と専門店の商品とが彼のなかでごちゃ混ぜになっている可能性はある。

というよりも、みんなそうではないか。

みんなそうでなければ、これほどまでにコンビニの数が増える必要があっただろうか。

 

ここで私は特に批判をするつもりがなかったコンビニを引き合いに出してしまったが、なんだかこう、その形さえしていれば何だって結構という人が一般的な基準となってしまったのはコンビニの罪であろう。

 

冷凍食品やカップラーメン、インスタントコーヒーもそうか、同じか。

ライフスタイルの変化を受けて生活スピードが速くなったと合わせて開発されたこれらの商品は、消費者にかなり受けた。

簡単、便利、早い。

 

そしてそれなりの味がする。

んー、まあ、いっか。

こうなる。

 

パンってね、ラーメンってね、コーヒーってね、本当はもっと美味しいんだよ。

専門店に行って食べてみよう。

分かるでしょう。

ルイヴィトンの本物とニセモノの区別はつかずとも、これはきっと分かるでしょう。

近頃は中国製のニセモノと知りつつも安いからという理由で身につける人もいるが、これは今回は置いておく。

専門店以外のものがすべてニセモノとは言わない。

美味しくないとも言わない。

しかし、本当によいものは、その道を行く人でこそ作れるということだ。

そして、物の本当の良さを知るということこそが、本当の意味で豊かな社会を作るということに繋がるのだ。

 

安いチェーン店が作る

カレー、ハンバーガー、牛丼、珈琲、パン

時間がない、金がない、別に何でもいい

 

金がないから安くて悪いものを食べる

そんな日々が続く

仕方ない

こんな世の中だ 不景気だ

放って置いてくれ

 

哀しいかな、こんな生活では味が分からなくなる一方だし、第一良い大人のすることではない。

自分のなかの文化を耕すこともない。

それどころか、二流三流の集まるところには悪い空気が漂っている。

そんなところの空気を吸っているのだから余計である。

金がないなら、食事を自分で作ればいい。

毎日おにぎりだとしても、同じ味では飽きるから自然と工夫していくだろう。

そんななかで試行錯誤の経験も身につく。

 

ものの本当の良さを知るということは、その経験を積むということは、自分の中の文化を育むということだ。

今の時代が不景気だなんてことは、私が子供の頃からずっと耳にしてきた。

昔は、ああ、大変なんだな、みんな金がない中頑張っているなと感心もしたところだが。

この悪循環を断ち切るしかないのだ。

チープなものを食べ、チープな賃金でチープな暮らしをする、チープな音楽を聴き、チープなコンサートに出かける、こんな連鎖を終わらせる。

あるいは、この連鎖そのもののレベルを上げる。

ズズズっと間欠泉のように、上へ、上へ。

 

暗黒時代を抜け出すのだ。

 

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感想(15件)

 

 

大学時代、私は置物を集めていた。

馬の置物が多かったが、ある日そんな私に友人が一言。

「そんなの集めて何の意味があるの。」

 

これこそ、岡潔が説いた”功利主義に走る”ということの顕著な表れのように思った。

 

何の意味もない。

ただ欲しかった。それだけです。